少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1730 フロイトと肛門期と中国

その点、関心(感心ではない)を抱くのが、中国における肛門期。
これが、日本のそれとはまったく違うので、当初は驚きました。


まず、かつての上司であり友人のJ医師の見解を伝えます。J医師は日本生まれの中国人で国籍はアメリカです。
「人間のひとつの評価として自立(他の援助や支配を受けず、自分の力で身を立てること)という概念があるけど、それについては中国人の方が日本人より1〜2年は早く自立しているんだよ」とJは言う。
その根拠として、やはり「肛門期」の過ごし方を挙げていました。


日本人の場合、おしめにしろ、パンパースにしろ、肛門期は安心して「垂れ流し」ですよね。ところが中国の肛門期は日本とは違います。
百聞は一見にしかず・・・ということで、記録写真をアップしたかったのですが、何故か思うようにアップできないので文書で説明します。
最初に、肛門期のおクソガキさまたちを見たとき、どういうわけだか、女子も男子も、ズボンのまたぐらが裂けていて、肛門やポコチンが丸出しでした。当初は、きっと貧しくて、股が裂けても、新しいズボンを買う金がないんだな・・・、かわいそうに・・・だったら縫ってあげればいいのに・・・でもお母さんも働いているから縫う時間もないんだなあ・・・、くらいに思っていました。
ところが、気を付けて見ると、どの子もどの子もポコチン出して走りまわっているわけですよ。こりゃ、さすがにおかしいでしょ!
で、よくよく見ると、おクソガキさまたちが、ところかまわず、小便や大便を、その穴から垂らすわけですよ、ところ構わずね。
冗談ではなく、上海のイケメン店長が、中国に上陸した当初、場末の食堂に連れて行った時のことです。おそらくお店の子でしょう、3歳くらいの肛門期の幼児です。店内を走りながら、股間から何か、カリントウのような黒い物体をポロポロと落とすわけですよ。で、それを見たイケメン店長が「あれ、あの子何か落としましたよ・・・」と近づいてみて「うわ〜〜〜〜」と仰天するわけですよ。「安藤さん・・・あの子供、雲子落として行きましたけど、いいんですか、ここ食堂ですよ・・・」と危うく手づかみで拾うところでした。
でも、いいんです。ここは中国ですから・・・。
たとえば、公共バスの中で、そのゴミ箱に肛門期を小便させてる親もいましたが、誰一人文句のひとつも言いません。いいんです。そのために、わざとズボンに穴が開いているのですから。
これは親が、わざと開けたのではなく、もともと、そういう製品として流通販売されているのです。だから肛門期の幼児がどこでクソタレ小僧になろうとも国民が認知しているのです。


そのため、肛門期のおクソタレさま方は、垂らす前に、親に尿意便意をもよおしたことを告知する義務が発生します。決してズボンの中で漏らすことは許されません。
日本のおクソタレさまたちは、パンパースに保護されていることをいいことに、誰も知らぬ間に、自身の都合で漏らします。大人になっても、海の中で知らん顔して漏らす、あの快感を、日本の肛門期諸君は、日々味わっているのです。


J医師の言い分をまとめると、つまりこうなります。
中国人の肛門期→排尿排便の欲求を第三者に告げる→意思表示の確立→自立心の向上→公衆の面前での脱糞行為→排泄は動物の摂理であって羞恥ではない→サバイバル適合者。
日本人の肛門期→排泄排便はパンパースにより自由気まま→ストレスなし→甘ったれ大量発生→排泄は品がない、あるいは汚い→オネショは大罪の意識→排泄を我慢→サバイバル不適合者。


なるほど、一理ある・・・。
いまでこそ、中国ではトイレにドアとかありますが、ちょっと前までドアもなく、若い女性も、そこで平気で排便排尿をするわけですよ。生きるための営みですから、誰も不平不満を言いません。たくましい・・・の一言です。日本の女性には無理でしょう。


まあ、中国の場合、まだまだ経済格差が激しく、毎日がサバイバルのような感じですから、排便排尿ごときで議論になることはありません。尻を拭くか拭かないかという論争にになるのも、決まって日本人です。
ですからJ医師が言うように、肛門期の排便方法(トイレット・トレーニング)の差異が、日本人と中国人の「自立」に少なからず影響があることは事実だと思います。


こんな曲でも聴いてなごんでください。
レミオロメンで「3月9日」 1リットルの涙を思い出します。あの時の沢尻エリカはどこへ行った?