少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2947 南海ホークス哀愁

10/4-17

私はね、少しだけ泣いただよ。
本当に、泣いただよ、少しだけ。

かつてはここに大阪球場があっただよ。そうこの地に。
今では遺跡扱いだけど、南海ホークスがこの世の中から昇天されて、来年で30年。

たまたま、ここを掃除してたおばちゃんに聞く「南海ホークスって知ってる?」「さあ、南海電車ことですか?」

「ここは江夏の21球の舞台ですよ」野球辞典河合さんが言う。
「えっ?だってあれは近鉄戦。日生球場でしょ?」
「ところが観客席の数が日本シリーズ規定に満たなくて、特別ルールで南海の本拠地、大阪球場を使ったのです」
「いや〜知らんかった〜」

最期の大阪球場。私は志願して東京から大阪に取材に行きました。

関西のすごい熱気&興奮とは全く裏腹に、東京と名古屋の中日スポーツの取り扱いは小さく「あ、そうですか」程度。

ホークスミュージアムなるものが、小さなガラスの中にある。

それでも貴重なペナントが飾られ、セキュリティもクソもない。
そして、日本シリーズで巨人を4タテと黄金時代築いたホークスの立役者・野村克也の名前は、このミュージアムのどこを探しても一切掲載されていない。

犯罪者ではない、世間的には功労者の野村克也なれど、サッチー問題が原因で球団と対立。

なんとしても、球団史から永久追放したいのだ、と河合さんが説明する。

私はここで少し泣く。
そして、このミュージアムの中途半端な扱いは、南海電鉄本社そのものが南海ホークスという野球チームを所有したという事実を社史から抹消したいのだ、とも聞いた。
あぶさんも、ドカベンも聞いたら泣くだろう。

それだけではない。ブレーブス阪急電鉄の社史から、バファローズ近鉄電鉄の歴史から抹消されたい旨も聞いた。

その証拠に、西宮球場日生球場大阪球場同様に、跡形も痕跡も記念碑も無い。

墓標なき墓場。

多くの見知らぬ人々が、プレーヤーたちの聖地を何の尊厳も敬意もなく土足でなじる。

歴史という埋没遺産への冒涜。泣かずにいられようか。

コメント

金沢さん     「自分は今でも近鉄バッファローズファンです。FBFで近鉄サイトがあって沢山の友達が出来ました。彼らが良く言っているのが球場跡地には申し訳程度の物があるだかけでミュージアムとかも無く会社としての近鉄に怒っている方が多いです。南海もしかりですかね?」

原さん          「このミュージアムは、今のソフトバンクとは無縁なんですね。九州出身の爺としては、ホークスはどうもなじめない。ホークスといえば南海です。鶴岡監督はじめ野村、杉浦、広瀬そして門田、えもやんもいましたか!ホークス来福のころには、東京でサラリーマンですからね。博多といえばライオンズ。平和台にはよく行きました。天神、中洲にも近いので、ライオンズ勝ってると中洲の飲み屋から平和台へ。3回くらいから観客増える、平和台ならではの現象がありました。もちろん、試合が終われば、元居た店に帰って反省会(笑)ライオンズが所沢に買われていき、ホークスが博多に来た頃は、それでも西武応援ファンと新生ホークスファンが拮抗していましたが、博多ホークス初優勝あたりから均衡が崩れだし、今では博多の人々は元が南海だったなんて知らない人がほとんどで、ねっから博多ホークスだったような雰囲気です。その平和台も遺跡、鴻臚館発掘で取り壊し、金やんとの遺恨試合で、機動隊出動、試合終了後2時間ロッテ平和台から出られず、なんて思いでもかなたです。その時、ネット越しにコーラ瓶ロッテベンチに投げました(笑)中西伝説の160m弾の記念碑昔あったような気がしたんだけど。今度帰省の際に、平和台周辺を痕跡探索してみます。ところで、関西電鉄各社は野球の記憶を抹殺しようとしているようですが、気に入らないのが西武。いいとこどりで、西鉄ライオンズ栄光の対ジャイアンツ3連覇が燦然と輝いているので、球団史は西鉄ライオンズから継続して今となっているようです。博多といえばライオンズ、の自分としては、黒い霧がなければ、ロッキード事件がなければと思います。噂レベルですが、ライオンズの買収劇、ANAが九州拡販のため、ライオンズを買って「九州ライオンズ」で話がまとまりかけていたという話を聞いたことがあります。しかし、折からのロッキード事件でとん挫して、西武に結局買われたとのことですが、安藤さん、何かご存知でしょうか」

安藤総理      「 原さん、貴重な体験談ありがとうございます。球場は野球をやる場所だけではないのですね〜」