6139 デナーとメルカリ
5/15/19
本日のデナーとメルカリ出品本。
そして原稿の一部。
6月の彼女はいつになく憂鬱に濡れた傘を払った。
茹だるような酷暑も、霜運ぶ北風も彼女は嫌いだった。この梅雨の季節、風呂場にはカビが栄華を繁殖させ、乾かぬ洗濯物が家事を切迫し、ゴルファーは週末の天気に一憂する。そう、彼女や主婦やゴルファーだけでなく、雨季は皆の心身が湿ったまま、わずかな陽射しを求めている。地球が回転する間は、日本には漏れなく春夏秋冬は訪れ、長雨はやがて明ける。だけど、この28年間というもの、彼女の人生における梅雨明けはない。
呂意安(ロ・イアン)さん、小柄で肩より少し長いストレートヘア、大きめのサングラスをしているので、茶色のレンズの向こうの表情は読み取れない。年齢は「取材と関係ないでしょ」との理由で教えてもらえなかったが、経歴から逆算すると、50代半ば、肌理(キメ)細やかな皮膚の細胞と小顔、醸し出す憂鬱がなければ20歳くらいは若く見える美貌である。
ここから先は有料サイト。読みたい方は「月刊ゴルフ用品界」2019/6月号、安藤裏総理の『チャイナアプローチ』にて。
(中略)
傷心の彼女が日本に逃避して10年が経ったころ、東日本が大震災に見舞われた。親日国台湾からも多大な義捐金が届いた。時を同じくして独り暮らしの東京で、彼女は捨て猫と遭遇した。生後間もない子猫が3匹、古家の軒下でうずくまっていた。わずかな食料を与えると、子猫たちは必死でむしゃぶりついた。次の日も、また次の日も、彼女が食料を調達しなければ子猫は確実に死ぬ。
そんな小さな生命との関わりから今年で8年、自転車で13カ所60匹の捨て猫に餌を配る日々、年間365日。だから故郷台湾にも帰れない。彼女が梅雨を嫌う理由はこれだった。雨季には自転車にも乗れず、餌場も軒先きがなければ餌は雨水とカラスにやられてしまう。過酷な夏冬も屋外猫の体調が心配なのだ。
台湾では梅雨のことを「芒種(ぼうしゅ)雨」と言う。芒種とは米や麦など籾殻にある棘(突起)を持つイネ科の植物をいう。また一年を24の節に区分した24節気の一つで立春から数えて9番目、夏至の一つ前。田植えが終わり、青々とした水田に雨が降り五穀豊穣を慈しむ時期。旧暦の四月後半だから田植えの時期と重なる。
稼いだお金と蓄えた生活費は、現在そのすべてが60匹の猫のために消える。世田谷区もしくは渋谷区の京王線沿線で、猫の飼える格安の賃貸古民家を彼女は探している。心当たりのある方は乞うご連絡。猫と雨風凌げる家があれば、彼女の憂鬱に少しだけ柔らかな薄陽がさす。
少数派日記21