少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2184 重度の身体障害者に対する役所の仕打ち2

前回からの続き・・・ネット記事転載


 ◇「死んだ方がどんなに楽か」 かさむ医療費重荷に


「死んだ方がどんなに楽か」。何度そう思ったかしれないと岡本さんは振り返る。結婚し、家庭を築こうというその直前の出来事だった。


 あの日から20年になる。


 1994年2月16日。岡本さんは4リットルのガソリンをかけられ、ライターで火を付けられた。加害者は同僚の女性に交際を求めていた男。交際を邪魔していると邪推した末の逆恨みだった。岡本さんは全身の皮膚の90%が焼ける瀕死(ひんし)の重傷を負った。
意識が戻っても、目を開けることも話をすることもできない。人の声や足音だけが唯一の望みだった。父親と兄が何も言わず皮膚提供の手術を受けていたことを後で看護師から聞かされた。
全身の感覚が徐々に戻ると本格的な苦しみがやってきた。痛みとかゆさで眠れない。バリカンで髪をそり、頭皮も移植した。


岡本さんの家族を追い詰めたのは、かさむ医療費だった。


病院を持つ自治体は相談を持ちかけた両親に「加害者が払うべきだ」とにべもなかった。
法律扶助協会は「加害者が払う見込みがないなら泣き寝入りしかない」と言った。
父親が顔を真っ赤にして自治体の担当者に抗議し、病室に住民登録する形で生活保護が認められた。入院から2カ月が過ぎていた。



退院して実家に戻ると地元の自治体は保護を打ち切った。


保護を受けなければ医療費は無料にならない。
2カ月後。隣町に住んでいた祖母の家に間借りすることで同町が保護を認めてくれたが、
保護を受けられなかった計4カ月分の医療費約465万円の請求は何年も続いた。


「他の病院へ行ってくれれば良かったのに」。
病院の医事課職員は自宅まで来て嫌みを言った。


病院への交通費や生活費は父親消費者金融などから借金をして工面した。
犯罪被害者給付金の約500万円は返済にすぐ消えた。
祖母が亡くなったことで地元に戻った約3年後。公営住宅での1人暮らしを条件に、ようやく保護を受けられるようになると、違う問題が生じた。


岡本さんは事件で毛穴が死滅して発汗作用を失った。夏場は特に体内に熱がこもる。
生命に関わる危険があるのに、エアコンは「ぜいたく品」だと、体調を崩して病院に駆け込むまで使用が認められなかった。


企業の面接を受けたこともある。しかし大やけどの痕を隠せる服装やエアコンを条件に挙げると、事件のことを説明せざるを得なくて遠ざかった。
フラッシュバックの症状もあり、カウンセリングの受診も欠かせない。職に就けば保護が打ち切られ、リハビリなどの費用を請求されることに、どうしても納得できない。


  ◇  ◇


 <一生かけて償います>。刑が確定する前の手紙で書いた加害者は、現在まで何の弁償もしていない。

 
「後遺症は一生つきまとうのに、どこに相談しても前例がないとか予算がないとか。そういう言葉にはうんざり。苦しみ続けている人間がいることを分かってほしい」


岡本さんの体にはもう移植できる皮膚がなく、移植後の縮んだ皮膚を伸ばす機能再生手術を受けることしかできない。
その数は昨年5月で28回になった。


最終更新:2月26日(水)15時53分


ーーーーーーー以上ーーーーーーー


本当に援助を必要としている人を助けないのが「行政」。わかっていても腹がたつ。血税や公金は利権者の都合によって、都合よく、不公平に分配されるのが世の常です。