1431 大安凶日2
点滴を受け、外出した。
珍しい、ドイツビールをお土産にしようと、バスに乗った。帰る途中、ほんのわずか、反対方向から来る通行人をよけたとき、ビールの入った袋が、コンクリのフェンスに当たり、針ほどの穴がアルミ缶に当たり、ビールが噴き出した。
当たったのではなく、触れた・・・という感覚なのに・・・・、なんという・・。
無意味だったとまでは言わないが、朝と昼の二つのミーティング。そして破損した缶ビール・・・。まだこの時点では、それが「凶日」のプロローグに過ぎなかったとは気付かなかった。
四川のあの娘との晩餐は楽しかった。しかし、僕が映画監督なら、この時のワンシーンに、主人公は何か違和感を感じ始める、という設定で観客を引き込む演出をするだろう。
それは、僕が、セルフサービスの食材を獲りに行こうと、席を立ち、床をモップで水拭きするおばさんの傍らを、通過した瞬間、水で滑る床に足を取られ、あわや転倒しそうになった。焼肉の油と水がタイルの上でスリップさせたのだ。
従業員が何人も「大丈夫ですか」と飛んできた。危なかった。四川のあの娘は背中だったので、カッコ悪い場面は見られずに済んだ。
あの娘と別れ、遅い夜。知り合いのクラブへ行こうとしたが、もう閉店していた。道の向こう側に、まだやっているクラブがある。
小雨が降っていた。道路を横断するには、またいで柵を越えなければならない。普段なら、難なく越えられる柵なのに、雨に濡れ、ブーツの僕は、足を滑らせ、したたかに股間を強打した。しかも二回。ここで、レストランでのスリップシーンをリフレインさせる。この時点で、不吉に気が付き、部屋に帰るべきだった。
その店の前に来て、入ろうかどうしようか躊躇した。何故なら、この店を避けていた。この店は、この小さな町の数少ないクラブの中で、小姐の売春を黙認、あるいは斡旋している・・・という噂のある店。
そこに出入りするだけで、こっちまでそういう目で見られる危険性があり、変な疑いをかけられる。狭い町、「安藤さんも、あそこの店に行ったか、いやらしい」という風評を他の店のママさんや、小姐たちから思われたくないし、特別楽しいわけでもない。ただ、ここのママさんとも、チーママ二人とも長い付き合いだったから、たまにはいいか・・・と思い、入ってみました。
ですが、入った瞬間に帰りたくなる衝動に駆られ「やっぱり帰るわ〜」と踵を返したのですが、それはもう強引強引強引。手足を捕まれ、荷物を取られ・・・といった感じ。さすがに違和感を感じましたが、知らない店じゃない。
頼んでもいないワインが出され、泥酔状態のオンナがからみつき、いきなりワインを女どもががぶ飲みする。こちらは水の一滴も飲まず「帰してくれ」を連呼する。
「もうワイン飲んだから、勘定払え・・・」と来る。この町に10年。ピーク時でもたかだか15〜16軒しかないナイトクラブ。こんな酷い仕打ちは初めてだわ。
「俺は絶対に金払わないよ」「ちゃんと払ってください」「ワインも注文してないし」「でも女の子頑張りました。努力しました」「知らんし、その女はゲロ吐きまくってるし」「でもワインもう飲みました」「頼んでもいないワイン飲まれても金払う義務ないだろう」「いえ、あります、あなた一旦、席に座りました。テーブルチャージ必要です」「座ったんじゃなくて、手を引かれて強引に座らされたんだろ」「いえ、でも座りました。だからテーブルチャージ発生します。300元を200元に割引きします。あと、ワイン480元。合計680元(約9000円)払ってください」「ふざけんなよ。これを日本語でボッタクリと言うんだよ」「払ってください」「絶対に払わない」・・・・押し問答、怒鳴り合い30分、オンナは目の前でゲーゲー、嗚呼、疲れた・・・。
日本なら警察を呼んでもらうが、ここはアウエイ、反日の国。僕のような上客に後先考えないこの態度。そこまで苦しい営業状況もわかるが、さすがにこれはないだろう。授業料というか、これ以上は時間の無駄なので、ドブに捨てる気持ちで支払い、無言で店を出た。もうこの店へ行くことは永遠にない。
帰りのタクシーの中、一日を振り返った。この680元の損失に、何か意味を見出さなくてはならない。その結果「クラブ活動はそろそろ引退しろ」というメッセージなのだろう・・・と悟った。
部屋に着くと、やはり見知らぬおじさんが、隣のベッドで寝ていた。この人はいったい誰なのだろうか?深く考えず、ただ、これだけ悪いことが続いた。きょうはきっと「仏滅」に違いない。暦がとても気になり、電気をつけ高橋の3年ダイアリーをめくってみた。2012年11月10日「大安」とあった。そしてゴルフの話が順調だった昨09日こそ「仏滅」とあった。「仏滅吉日」「大安凶日」のゆえんである。
僕は、見知らぬおじさんの寝息を聞きながら、ベッドにもぐった。しかし、これがエピローグではなかった。さらなる悲劇が、翌日、待つことも知らずに・・・。(つづく)