1230 デビュー戦結果7
シャワーを浴び、ぬるい湯船にもつかりシャンプーもした。爽快な気分。グリーン上より格段に気分がいい。そうか、ゴルファーはこの気分を味わうために来るんだな、ハハーン。されど、昼シャワーを味わうのは我のみ。いったいどういうこと?
学生時代の合宿所の食堂のおばちゃんのコメントを思い出した。
「ラグビーの人はシャワーを浴びてから来るからいいけど、テニスの人は男も女も汗をかいたままくるから行儀が悪くて・・・」。そうだ、そうだ、その通りだ。まあ、ラグビーの人は泥と汗の他に、かなり血も交じっているからシャワーを浴びないと何もできないんすけどね。
だから、ゴルファーって、「背広着て来い」とか言われるわりに、あんな汗だくでクラブハウスで食事してもいいなんて、僕に言わせれば、なんとなく矛盾を感じる。ホテルのレストランのランチに工事現場で汗だくの作業着のオサーンが入るようなものではないのかな?
僕は誰も居なロッカールームで足に午後用のテーピングを巻き、下着から靴下まで、すべて洗濯済みの衣装に着替える。時刻は12:30。
中二階のレストランへ行くと兄山軍団が見当たらない。「さては、早めに食事を切り上げ、午後のラウンドに備え、練習に向かったか?その意気込みや良し。我も遅れを取るものか」とばかり、練習場へ向かうと、ヤバい黒服がもの凄い勢いで追っかけてきた。
「あのお客様、兄山様はこちらでございます」
「あっそうなの」
なんせ、初めてのクラブハウス。何やらヘマをやらかしたのかと一瞬焦り、走って逃げだそうかとも考えたが、若い黒服に追いつかれるのは時間の問題。観念したのが功を奏した。
なんと案内されたのは個室。おいおいプレー中にこんなところで優雅に食事かよ。兄山の目の前には、いま、まさに到着したばかり、ジュージューと最高のデリシャスサウンドを奏でる米沢牛のサーロインステーキ300gが。我が目を疑った。
午前のプレー終了後「クラブハウスでステーキでも」という兄山の言葉は、ゴルフ用語で何かの暗号かとばかり思っていた僕でしたが、そのままでした。
「お前、それ喰うの?」
「はい、喰いますよ」
「あの、お客様。お客様はお食事の方は・・・」と黒服が遠慮がちに声をかけてくる。
「ああ、わしは喰わんのだが、何か頼まなきゃマズいかね?」
「いえいえ、そんなことはございませんよ」
「すまんのう。まだプレーの途中でのう。プレーが終わったら、きゃつのようなブ厚いステーキでも所望するが、今のところ、ノンアルコールビールの一本でも飲ませていただこうかの」
「はいかしこまりました」と黒服が個室から消えた。
「お前、腹壊してたんじゃないのか?」
「もうなおりました。それから壊していたんじゃなくて漏れそうだっただけですから」とこしゃくなことを。
「それにしても300gはヤバいだろう」
「ですから弟と分けて喰います」
「え、ジュニアも食べるの????」
「はい」とジュニア。
実はこの男、無類の小食人間で一日に多くて一食という「不食」人間。本日は家で朝食。クラブハウスで朝、フレンチトーストまで平らげ、すでに二日分の食事を摂取していた。そしてここへきて、ランチにステーキとは彼の食人生の中で前代未聞の出来事だ。
「ジュニア、キミ、本当に大丈夫なの?」
「あっはい、なんか腹減っちゃって・・・」
無理もない、デビュー戦の初心者に負けるわけにいかないという極度のプレッシャーが肉体ばかりか、その神経をも極度にすり減らしているのだろう。心と筋肉がすり減った細胞を補給するために、無意識のうちに牛の肉を要求していたのだ。
厚さ7㎝はあろうかという極上サーロイン。中はまだ血がしたたるベリーレア。これを兄弟で分ける。「血肉を分ける」とは正にこのことだ。それにしても旨そうだな。オレも頼めばよかったかなと、時折りだが、弱気なもうひとりの自分が顔を出す。そんな物欲し気な雰囲気を察知され「安藤さんも頼みますか?」と兄山の鋭い質問が飛ぶ。
「まさか、オレはいらんよ。まさかねえ」と声が上ずる。
(つづく)