少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

836 魔王拳

いやはやとんでもないものを見てしまった、この年の瀬に・・・。
これは、あくまでも武術だそうだ。
二人の男が対峙している。紺色の道着に袴姿。合気道か剣道のような出で立ちである。僕から向かって右側の男が両手で長槍を持ち、左側の男は何も持たずに立つ。
向こう正面には審査員という老人が折りたたみの長いテーブルにパイプ椅子で腰かけている。眼鏡をかけ、老人特融のグレーの背広で深いしわをさらに深くゆがめている。武道場の全体は見渡せないので、どれくらいの規模の会場なのかはわからない。板の床、冷たい空気、沈黙、緊張感だけはひしりと伝わる。
何が始まるのかと、僕は目を凝らす。
次の瞬間、右の男が至近距離から長い槍で、左の男の眉間を刺した。
「うっ、何これ・・・」僕は口を押え、男たちから目をそらした。
ゆっくり、目を戻すと、刺された男は、微動だにせず、立っている。血も流れていない。
右の男が、槍から手を放しても、槍は男の眉間に刺さったままだった。
めちゃくちゃ怖くて、一旦起きた。心臓がばくばくしていた。
「ああ、やっぱ夢だったか。夢で良かった、世の中には恐ろしいことする奴いるんだなあ」と思いながら、また目を閉じた。
すると、また先ほどの武道場に戻ってしまった。
今度は、最初からの映像が飛び込んできた。
まず槍の男が、刺される側の男に近づき、眉間の辺りに槍の先端を当て、刺す位置を確認する。槍の男が二、三歩下がると、今度は刺される側の男が、腰を落とし、右足だけ前に出し、踏ん張る姿勢をとる。そして両手を下げた状態で拳を握る。二人とも30代の有段者らしい。
一瞬だけ沈黙した刹那、槍の男が初動に入ったと同時に、刺される男が首を後ろにずらし、反動をつけて自分の頭を前に出した。そして瞬間的に槍の男が、眉間に槍を刺す。双方の呼吸が乱れたら成立しないそうだ。もし、どちらかが軌道を誤れば、目に突き刺さり、脳まで到達して即死だろう。
男が槍を放しても、やはり槍は刺された男の眉間にしっかりと深く刺さり、動かないし、血も出ない。流血はマイナスポイントになるそうだ。
恐るべし拳法。
僕はある大手の醤油生産工場の門の前にいた。コンクリの守衛室の中に40代の守衛がひとり居た。僕はその拳法のことを尋ねた。
「ああ、あれね」
守衛は知っている様子だが、話たからない雰囲気だった。
醤油を買いに来た人がいて、話は頓挫され、僕は外で待った。
「あれはもうやってないよ」と守衛が答えた。
「じゃあ、やっぱり本当にやっていたんですか」と僕が尋ねると、今度は電話が鳴って、また頓挫した。
しかし、僕は動かぬ証拠を持っている。ポケットには、「魔王拳」という活字が刻まれた社内報がある。少し時代がかっているが、社内の部活動を紹介した社員向けのパンフレットだ。表紙が無いのだが、醤油会社の企業名も印刷されている。槍を持った男の姿もセピアカラーで映っているぞ。守衛が電話対応している間、僕はそのページを読んで、もし、これが夢であった場合に備えて、記憶しておく。
守衛の電話が終わった。
「あのー」と言いながら、僕はポケットからパンフを取り出し、守衛に見せようとした。僕の手にパンフがないことがわかったのは、ちょうど目覚めたときだった。やっぱり・・・。
記憶が鮮明のうちに書き記しておこう、魔王拳。きっとどこかに存在していたはずだ。抹消されたあらゆる歴史は、変者のこんな夢の中から解明される例も少なくない。北斗の拳の見過ぎではない・・・のだよ、アケチくん。