少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

951 精神世界(スピリチュアル)へ1

「少数派日記」NO991で紹介した「30冊の本」(一条真也のハートフルブログ参照)で推薦された「30冊の本」はすべて精神世界分野の訳本です。この中で私が読んだ(というかDVDで何度も繰り返し見た)のは「ザ・シークレット」だけですが、それはもの凄い衝撃を受けました。
近年、WHOでも「人体の病苦は、そのスピリチュアル(精神)に起因することが無縁ではない」との声明を発表していますが、何のことはありません。日本語に直訳すれば「病は気から」という意味です。
「スピリチュアル」「精神世界」などと新語(見慣れぬ言葉)を振りかざすと何やらカルト(cult=狂信的、少数の熱狂的崇拝集団)を連想させますが、そうではありません。心を穏やかに安定させ、冷静な気持ちで物事(問題)に対処する、すなわち「禅」の心もスピリチュアルのひとつです。
修行僧が「禅」を組むのは雑念を払い「無」の境地に到達するためです。すなわち「集中力」、サッカーで言うなら「ゾーン」。どのようにして打ったか、シュートしたのか、本人も覚えていない(無意識)状態での行為が最高の結果をもたらすと言われています。つまり思考を離れ「無」の状態が肉体を支配する。宮本武蔵が無敵だったのは、他の誰よりも「無心」に為れたから。もちろん、その「無」に至るまでは果てしない「有」とのせめぎ合いがあったはずです。
今、世界を見渡して、僕たちが本当に求めているものが何なのか、よく見えてきたような気がします。マネーゲームはゲームオーバー。敗者の負け惜しみ。残された者のひがみ。諦めた者のやっかみ。それが100%無いとも言い切れません。
ただ、経済的勝者が人生勝者でないことは、多くの歴史が物語っているでしょう。週刊誌ではあの「お値段以上のニトリ」が金銭問題で実母が長男を提訴したと。災害は財産を一瞬で無にしてしまう。ギャンブルで祖先様が築いた財産と信用をすべて失った製紙会社の御曹司(バカ息子)もいる。
逆に、全財産を失ったけど、大切なものを得た小室哲哉さんような人もいる。
一条真也さんも、ブログで精神世界を語り、冠婚葬祭は物的な満足だけではなく、精神的な繋がりが今世だけでなく、来世にまで繋げるための貴重な心(ハートフル)な儀式だと説いています。まったく同感です。
中国でよく見かける光景。
ベンツの新型から降りてきたモンペ姿のご婦人。腕には本物のロレックス。そして本物のビトンのバッグから取り出すコピーのシャネルの財布。露天商のおばちゃんに「この大根は高い。もっと安くしろ」と値切る。
多少、脚色したが許される範囲でしょう。
この光景こそが、物欲世界の最終章だと気付いていただけるだろうか?
人間の価値観はベンツやシャネルではなく、つまり大根(食糧)なのだと。
映画「血と骨」の中で反物2反と卵2個と物々交換するシーンにショックを受けた人ならわかっていただけるだろう。ほんの少し前の日本での当たりまえの光景。
阪神淡路大震災の時、お金も何も持たず、食卓にあった食パンとペットボトルの水だけを持って逃げた僕は、結果として災害時の成功者だった」というコメントを何かの雑誌で読んだが、そんな当たり前のことにも驚いた僕は、自分の危機感の甘さ(物欲人間だったこと)に痛恨した。
(つづく)
1000カウントダウン「8」