1853 浄土からの声が聞こえる34
ようやく巡り会えた父と娘。そして母は閉ざされた一枚のドアの向こうにいる。入院・・・というよりは「隔離」という表現の方が適格だろう・・・。
「おかあちゃんに会えないの・・・? ばあちゃんはどう?」
「ばあちゃんは、たぶん、だめだと思う・・。行方知れずだっちゃあ・・・。おがは、先生さ、聞いてみねえと・・・な。会える、会えねえっつうのは」
「じゃあ、先生に聞いてみて・・・。でも、そんなに悪いの、かあちゃん・・・」
「悪い・・・っつうか、いろいろあったっぺや」
「うん」
拓馬は佳子を連れ、新館病棟の顔見知りの医師を訪ねた。
「担当の先生は、来週になんねえと、来ねえからなあ・・・、なんとも言えねえべ」と内科医はそう言うと少しだけ、佳子に席を外すように促した。
「お父さん、きもつ、わがるけど、娘さん、どごまで知っでるの、お母さんのこづ」
「いんやあ、とづぜんだっちゃからして、なんも話してねえっぺやあ」
「悪いこづ言わねえ、会わせないほうが、いいっぺやあ」
「だども、娘は納得しねえっぺやあ」
「どうすてもっちゅうなら、担当医に連絡するっちゃげど」
「先生、いづかはこうなるっちゃ。だから、担当の先生に電話してけろ。娘っこに会わせてやってけろ。もう、仕方がないっちゃもんね」
「わがったあ・・・」
しばらくして拓馬と佳子が内科医の部屋に呼ばれた。
「娘さんですかあ・・・。あの、お母さんですけど・・・。いろいろありましてなあ、精神的なご病気なんです。お母さん、あなたに、いろいろ言われるかも知れませんが、それは、お母さんが言ってるわけじゃなくってですね、お母さんのご病気が言ってることだと受け止めてください。いいですね。だから、何を言われても、あなたが、まともに受けてはいけませんよ。それを、お約束していただけるなら、面会を許可いたします」内科医は言葉を選びながら佳子にそう言った。佳子は黙ってうなづいた。
医師は、二人の看護士と、男性の事務員一名を伴い、美和子の病室の鍵を探すと、先頭を歩いた。なんとものものしいことか。60の半ばを過ぎた母のために男性職員まで連れて行くとは。新館から旧館に向かう、わずかな距離の渡り廊下がまるで現世から別の世界へと繋がれている谷底の見えない吊り橋のように、ゆらりゆらりと、佳子の前を行く、白い衣装の足取りたちの踏む音とともに揺られ、佳子はめまいを感じていた。全身の力が突如として抜け、佳子は吊り橋の途中で止まり、しゃがみ込んだ。得も知れぬ不安が、佳子の全身を襲った。それは、もうとうに忘れていた感覚だったが、佳子は思い出した。感覚というよりは記憶だったのかも知れない。佳子の足がすくんだ。
(つづく)