773 RING7
この日はカラオケ無料とばかり、何曲も歌う。
「さすがにカラオケボックスで鍛えとるだけのことはあるなあ、成果が出とる。おれも練習せなあかんなあ」とTK。人前で歌う前に最低10回はカラオケボックスで修練して8〜9割は歌える歌しか歌わない。「あれを歌ってくれ」と知らぬ客からリクエストされても、無謀なチャレンジはしない。
カウンターの僕らの後に来た、接待客6人が、すぐ後ろのボックス席を占領した。
そこで、いちばん先に歌った若者が、実にいい声で歌唱力も抜群だった。ミスチルやGRAYなど僕の未開発の分野を歌うが、やたら上手い。上手な歌い手の唄は聞いてて心地よい・・・。
されど、接待の席ではどうか・・・。相手は見るからに演歌世代。若者が接待される側なら、当然、何の問題もないのだが、それにしても、僕が上手いと感心する唄を連発されては、後に続く者は辛かろうて・・。
途中、他の客の練習曲を挟みながら、僕の徳永さんのカバーバージョンと平井堅、鬼塚ちひろと、彼の僕の知らない歌だけが、ハイレベルな音響空間をこしらえる。
そんな中、僕がトイレから出てくると、6人組の接待グループの一人が長渕剛の「しあわせになろうよ」を歌っている。ママからおしぼりをもらい、手を拭きながらカウンターに座った。
この唄には思い出がある、2〜3年前、北中3年G組のクラス会で初めて聞いた曲。グっさんという同級生が筋の通る男前の声で上手く歌った。それ以来、僕もこの唄が好きになり、マスターした。
そして、この唄を聞くたび、必ずグっさんを思い出す。
そのグっさんは、その時の同級会で再開した中学高校の同級生のT子とW再婚して、仕事の関係で中国に渡った。
今、6人組のおっさんの一人が歌っている「しあわせになろうよ」はそこそこ上手いが、グっさんにはかなわない。僕は、素通りして、またカウンターで焼酎の緑茶割りをグビリとやった。
カウンターのTKが「おっさんが、こんな歌、唄うんだ〜。まあ、おっさんと言っても、俺らと同年代くらいだけどな」と歌うおっさんに目をやり、僕にそう言った。僕は接待族にもおっさんにも興味がなく、また緑茶割りに手を伸ばした。「グっさん、元気にやっとるかな」。ふとそう思った。
しばらくするとマイクが再び、僕のところに回ってきた。
鬼塚ちひろの「いい日旅立ち、西へ」を原曲で歌う。
僕が歌い終わると、背中から「おう、元気か」と見ず知らずのおっさんが、僕とTKの間に入り、両腕を広げ、僕らの肩を親し気に抱いた。
「誰だお前」「酔っ払いか」
などと、僕とTKの頭を過ぎった。酔っ払いにしては馴れ馴れしい。人違いか?必死に思い出しても誰だかわからん。
TKは「同年代の唄を聞いて、つい興奮した酔っ払いかと思った」そうだ。僕は記憶のファイルをフル回転させ、どこのどいつだろうと光フレッツを飛ばしたが、「あんた誰だ感」を漂わせる空白を埋めるには至らなかった。
「えっ、もしかしてグっさんか?」僕が先に気が付いた。
「ほだよ、わかえらんかった?」とグっさん。
「あんた、グっさんか」とTK。
「グっさん、今、中国だらあ?」と僕。
「ほいだで、帰ってきたじゃん」とグっさん。
「ところで、なんでこの店知っとろだ」とTK。
「ほんなもん、ずっと前から知っとるよ」とグっさん。
「ほいじゃあT子(奥さん)は?」と僕。
「家におるよ」グっさん。
「唄、下手になったな。前とぜんぜん違うじゃん」僕。
「ほだら〜。やっぱわかるか?」グっさん。
「ほりゃ〜わかるよ、あの歌はどえりゃ〜上手かったからなあ」と僕。
中国では嫁さん連れなので、カラオケには行かなかったことなのね。
健全、健全。
そこへママさんが加わる。
「なんで安藤さんとTKさんがE君(グっさんの下の名前)のこと知っとるの?」と。
聞けばママさんは店を始める以前、今から23年も前からグっさんのこともT子のことも知っているという。もちろん、その当時はグっさんとT子はそういう関係ではなかった。
「粋」→TK→「紅ずわい蟹=富山の同級生」→安藤→「しあわせになろうよ・長渕剛」→グっさん→T子→ママさん→TK
(ところが、まだつづく)